たべるの

皆殺し野郎

2010年7月15日
高橋 忠和高橋 忠和

そのおぞましい事件は7月10日に起きました。梅雨の合間の良く晴れた昼下がり、田んぼの様子を見に来たその男は、若い稲に、たくさんの虫がついていることに気がついたのです。
「なんだぁ、こりゃ」
6月13日の田植えから先週7月4日までは、まったくその気配もなかったのに。大事な大事な稲が害虫にやられている!
「田植えだけして、あとは放ったらかしていたらダメだよ」碓井さんの声が聞こえる。
い、いや。決してほったらかしにしてたわけじゃない。注意はしていたんだ。
「田んぼのまわりの雑草が伸びて、稲より背が高くなっていたぞ。風の通りが悪くなったから、ほら、たちまち害虫だ。だいたいのところは草を刈っておいたから、畦の上、稲のそばの雑草をていねいに刈り取りなよ」
「日が落ちたら農薬を撒こうと思っている」

その男は恥ずかしさで身体がカッと熱くなった。たしかに先週末「少し草が伸び始めたな。もう少し伸びたら、来週あたりには、草刈りしよう」そう思っていたのだった。
わずか一週間でこんなになるとは思ってもみなかった。
「農薬は、わたしがやります」

石井さんの家の納屋まで取って返して、農薬を調合してもらう。
「田んぼ用の薬はないんだよ。これ、スミチオンていう薬はアブラムシに効果があるから、これで良いだろう」

1000倍に薄めた農薬のタンクを背負って、その男は田んぼに帰ってきた。
稲の茎にビッシリついているのはたぶんウンカだろう。試しに稲の株をポンポンとたたくと虫がパラパラ落ちてくる。ウンカではない虫もいるなぁ。なんだろうこれは。益虫かもしれない。しかし恐ろしい害虫かもしれない。ああ、稲の葉を丸めてマユを作り始めた奴までいるじゃないか。

これでも食らえ!と農薬を撒く。
小さな田んぼの畦を巡って、これでもか、これでもか!と農薬を撒く。
怖れと怒りと無知。
「おいおい、小さな田んぼだ、もう十分だよ」「良い虫までみんな死んじゃうよ」
そう碓井さんと田中さんに止められるまで、農薬を撒き続けた。
見ると田んぼの水の上に、もがき苦しむ虫がいっぱい。ウンカとか害虫だけではなく、アメンボもクモも!

「うわ、なんてことしたんだ」

翌日7月11日。皆殺し野郎が田んぼを見にやってきた。
アメンボがいない。ゲンゴロウもいない。
カエルはなんとか生き延びたようだが、赤いイトミミズ、これ田んぼに栄養を与えてくれる益虫だが、大量に死んでいる。

「田んぼで稲を育てるということは、里山の自然を回復すること」などと言っていたのに。
怒りと怖れ。そして無知。

ほんとうに申し訳ないことをしました。
その皆殺し野郎は、わたしです。

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