たべるの

陽の当たらぬ畑

2016年4月1日
高橋 忠和高橋 忠和

私たちが借りている横浜の畑は農業占用地の中にありながら、しばらくの間作物が作られることがない期間がありました。先代までがプロの農家でも今の代の人はお勤め人ということは横浜辺りではよくあることです。
そんな休耕期間中も畑を雑草が伸びるままに放置しておくことは許されず、園芸用のツツジや、いく種類かの果樹が植えられていました。
その畑を私たちが使わせていただくのに当たり、必要な広さを確保するために果樹を切り倒してもらいました。
姫リンゴという小さな実を結ぶリンゴの木があります。サクランボの木があります。名前はよく分かりませんが夏みかんの樹もあります。ただし冬に収穫できる夏みかんで、甘くておいしい。
畑を拡張するたび、そんな果樹を切り倒し、根っこを掘り返してきましたが、情が移ってしまうというか、ミリミリ音を立てて木を倒せば切ない気持ちにもなるのです。
だから畑の樹を全て切り倒すなんてことは考えられない。
自分たちの実力に見合った広さの畑を確保できれば、あとの果樹はそのままに。
そんなわけで私たちの畑は3mぐらいの高さの果樹に取り囲まれているのです。

横浜の畑にやって来て4年目の春を迎えます。
新しい環境で分からないことだらけでしたが、いろんな人に助けていただいたり、畑そのものが教えてくれたことも沢山あって、とても楽しい時間を過ごしてきましたし、なんといっても素晴らしい収穫に恵まれました。

自分たちの畑をやる醍醐味の1つは、最良のタイミングで最高の収穫を得ることが出来ると言うことです。
毎シーズン、それまで最高のおいしさや収穫量に声を上げてきました。
もちろん努力や工夫がないと良い収穫は望めませんが、それよりも気温と日照と降水量。
私たちの畑はそんな自然環境に恵まれた畑だったのです。

しかし、毎シーズンごく一部ですが「あれっ?」と首を傾げる収穫もありました。
初めは気づかなかったのですが、ダメな収穫は決まって同じ場所。不思議でした。
東西南北100坪程度のこの畑の、どこも条件はそんなに大差ないはず。どうしてこの場所だけいつもどんな作物を育ててもうまくいかないのだろう。

4年目になってようやく気がつきました。果樹の影だ。
私たちの畑は、最初にお話ししたように果樹に囲まれています。だから当然その木の影が畑に落ちます。しかし、それは1日の日照のうちのごく一部で、ほとんどはよく陽の当たる畑なのです。
ところが冬から春にかけての、畑の作業があまりない日にずっと見ていると、畑の中の姫リンゴの木だけがずっと畝の上に影を落とし続けている。そこは陽の当たらない畑なのでした。

土をよく耕して、肥料もたっぷりやって、水も必要な分だけ与えて、害虫にも注意して、それでも陽が当たらなければ作物は育たないのです。
畑の他の場所ではあれほどうまくいった夏野菜が、ここではダメでした。ズッキーニがダメな時もありました。絹さや、スナップエンドウ、ソラマメがダメでした。サトイモがダメな時もありました。
陽が当たらなかったのです。可哀想なことをしました。

影を落としている姫リンゴの木を切り倒せば、問題は解決すると思います。
畑には陽があたるでしょう。

しかし、あのメリメリという倒れていく木が叫ぶ声を聞くのも嫌なのです。

今シーズンは姫リンゴの木の影になる3畝分の畑には何も育てないことにします。
陽の当たらない畑です。姫リンゴの木が影を落とすための畑です。

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