たべるの

ジャガイモの恋

2015年6月6日
高橋 忠和高橋 忠和

明治時代。一人の日本の青年が、造船技術を学ぶため、イギリスはスコットランドの大学に留学していました。後に男爵となる川田龍吉(かわだりょうきち)という人です。かの地で7年学ぶ間に、イギリス人女性ジニーという恋人ができました。2人は将来を約束する仲となりましたが、やがて川田が帰国する時がやって来ます。再会を誓って船に乗りましたが、当時の様々な事情で国際結婚は叶わぬこととなり、結局それが最後の別れとなったのです。

日本に帰って川田男爵は横浜船渠会社社長、その後北海道に渡り、函館船渠社長を歴任しました。
甘さは消え、むしろ苛烈。人は川田男爵をそのように見ていたようです。

余生は北海道農業近代化にささげることとなります。
欧米から最新の農機具を入れて機械化による農業を試みました。
1908年には、アイリッシュ・コブラーという品種の馬鈴薯を日本に初めて導入して定着させました。
これを記念して、このときの馬鈴薯が、男爵イモという名で広く知られるようになったのです。

男爵は生涯イギリス留学時代の恋のことを家族に打ち明けることはありませんでした。外に出れば辣腕の実業家、内に向かえば厳格な家長でありました。なくなった後、家族の手によって開かれた金庫に、ジニーの金色の髪の一房と彼女からのラブレター80余通が、ホックリ大切に保管されていたそうです。

「夕方になって静かにあなたのことを考える時間ができたとき、私は神様にあなたを祝福してくださるように、あなたを導いてくださるようにお願いするのです。すると、まるで私があなたからさほど遠くないところにいるような気持になります」
「さあ、ここで終わりにしないと永遠に書き続けてしまいそうですわ。」

ジニーさんとのデートでは、野に出て畑を眺めたり、温かいじゃがいもを食べたりすることも楽しみだったようです。

皮の剥きにくいゴツゴツした男爵です。ホクホク美味しいジャガイモですが、煮込むとカタチがくずれやすい。
男爵とジニーさんの恋のようなジャガイモです。無骨で純粋で儚い。しみじみ味わう恋の味。
わたし達の畑のジャガイモは、今年も男爵にしました。
今、収穫の時を迎えています。

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